Park College #11

哲GAKU 第4回「中西メソッド×ミュージシャンを科学する スペシャル鼎談」(後編)

Park Collegeでは、連続講座「中西哲生の哲GAKU」をオンラインで開催しています (毎月14日開催、全12回予定、無料)。

第4回目は「ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム」などの著書を持つ、演奏科学者でSony CSLリサーチャーの古屋晋一、さらに現役プロサッカー選手の永里優季(はやぶさイレブン)をゲストに迎えて、2020年12月14日(月)に実施されました。

前編に続き後編も、さまざまな分野の知見をスポーツ技術に応用しコーチする中西哲生の視点から、ぜひ自身の学びや気づきに繋げ、楽しんでいただければと思います。

「100パーセントのパフォーマンスを発揮するための準備は、自分が一番できることで、やらないともったいない」(中西)

トーク中の中西哲生

古屋晋一(以下、古屋):コンディション作りの話を、ぜひお聞きしたいのですが。ピアニストはコンディションを考えずにエモーションだけでやってしまう部分とか、いつでも100パーセントでできると信じ込んでいる部分があります。そこはサッカー選手のほうが一日の長があると感じていまして。

中西哲生(以下、中西):サッカー選手の場合、コンディションはベースですからね。コンディションを整えて試合に臨まないと、パフォーマンスを発揮できません。

古屋: コンディションは自分でコントロールできる前提でやっているのですよね?

永里優季(以下、永里):一番自分でコントールできる部分は、そこですよね。

古屋:ピアニストの皆さんはそこの意識がまだちょっと、という。

中西:そうなんですか……食事、睡眠、練習時間、本番へ向かう準備だったりは、スポーツが参考になりますか?

古屋:なります、なります。僕は高校生年代を中心にピアニストのレッスンをしていますが、新幹線での移動のしかたを教えたりします。ずっと同じ姿勢で座っていると、首が固まってしまいます。そうならないようにして、演奏会とかコンクールに臨んでもらうために。サッカーでは当たり前ですよね。

中西:ええ、移動の対処は考えられています。

古屋:あとはコンディションが悪い時に、どういうスキルを選択するか、とかでしょうか?

永里:そこは変わってきますね。対戦相手がいるので、自分のコンディションがいいからといって、必ずしもいいパフォーマンスを出せるわけでもありませんので。

古屋:どういうスキルを選択するのかを無意識でやるのか、意識的にやるのかでもまた、大きな違いがあると思います。

中西:そこはアスリートだけでなく、一般の方にもできることですね。仕事に行くことを試合に置き換えたら、前の晩をどのように過ごすのか、を考える。つねに100パーセントのパフォーマンスを発揮するための準備は、自分が一番できることで、やらないともったいない。そこはすごく意識しています。

「考え過ぎないように、考えなくていいことに没頭する」(永里)

トーク中の藤本成之

古屋:コンディションの準備で、おふたりがもっとも意識しているのは何でしょうか?

中西:規則正しい生活が、ルーティンになり過ぎるのは良くないと思っています。感情や気持ちはいつも変わるもので、身体のコンディションも季節によって変わっていきます。その日、その日で調整をしていく……たとえば、寝られないのに無理やり寝る必要があるのか。寝ようとしなくても、目をつむっているだけでもリラックスはできるなとか、自分と向き合う瞬間にするとか。

古屋:なるほど。

中西:朝のラジオ番組をやっていた当時は、毎晩気絶していたように寝ていたので、寝られないなんてことはなかったんです。最近は朝がゆっくりになって、翌朝早いから寝ようとなったときに、すぐに寝つけないことがあるんですね。そういう時間でも寝られないことを楽しんでいるというか、この時間は自分と向き合って、呼吸を考えてみよう、とか、いま身体で動きにくいところはどこなのかを考えてみよう、とか。いつも規則正しく生活をして、これが正解だとなると、それができなくなったときにすごく不安になります。

古屋:いつもやっていることができないと不安になるというのは、ありますよねえ。すごくわかります。

中西:ルーティンが揃っていないときに不安になるのは、準備の部分ですごくマイナスになってしまうと思います。そこはいい意味で鈍感であるというか、とらわれ過ぎないように柔軟に対応していく。日本は四季があるので、僕は春、夏、秋、冬で少しずつ変えています。この時期なら室温は何度くらいで、加湿器を何パーセントにしたらいいコンディションで寝られるのかが分かっているので、それを実践します。

永里:全部言われちゃいました(笑)。中西さんが話したことは私も全て実践していて、必要以上に何かに執着しないことであったり、その時の自分の身体に合わせた行動をとったりしています。それ以外でひとつあげるとしたら、考え過ぎないことかなと、思います。もともと考え過ぎる癖があって、寝られないという状況にも陥りやすいので、シーズン中は考えないで作業をする時間を増やすとか、考える必要のないことをやる、というのは、私なりのコンディショニングです。

古屋:考える必要のないものというのは、何かルーティンをやるということですか?

永里:というよりも、その時自分が没頭したいことをやる、ということです。

古屋:ああ、欲望に忠実になるということですか?

永里:そうですね、食べたいものもそうですし。寝る時間だけは決めていますが、そこで眠れなくても「まあ、いいか」という。

古屋:おふたりが話していることは、本質的には同じでしょうね。柔軟性をもって、いまを快適に生きるという。

「アーティストに貢献できる以上に尊いことを、僕は知りません」(古屋)

トーク中の中西哲生

中西:古屋さんにも質問をしたいのですが、ピアニストの方々のコーチングをしているなかで、自分はどうありたいですか? 古屋さんが指導をしているところも見させていただいて、相手のことをすごく考えているのは良く分かったのですが。

古屋:自分が関わらせていただいているアーティストの方々が、「これできなかったのができた」という時の笑顔が、メチャメチャ好きなんです。できないことができたその瞬間の笑顔は「素」じゃないですか。一切の脚色がない。その「素」の笑顔を見られるのが一番の幸せで、そのまま舞台へ上がってもっといい演奏ができたというのを客席で聞いているのが、一番幸せな瞬間です。ちょっとジジ臭いかもしれないですけれど、そういうふうにありたいなというのはあります。自分がプレーする欲求とかは全然なくて、アーティストに貢献できる以上に尊いことを、僕は知りません。

中西:アーティストにどう貢献できるかに、フォーカスしているのですね。

古屋:自分の人生に何があったら幸せなのかな、と考えたときに、関西人だからかもしれないですけれど、周りの人が笑っていたら楽しい。小さい時からの体験の影響かもしれないですが、自分の喜びを他人に置いているのかもしれません。

中西:僕もパーソナルコーチをしている選手たちが、成功するのを見るのは嬉しいです。永里選手はこれからアメリカへ戻って、女子リーグで今回の男子サッカーでの経験を試すことができますね。

永里:アメリカへ戻ったときに、今回の成果をやっと自分で感じられると思うんです。そこに関してはワクワクしかないですね。

中西:我々としてはこの挑戦をもっと続けてほしいですね。

古屋:ホントですねえ。

中西:永里選手とは最初から話していますが、男子チームでプレーすることが目的ではなくて、活躍することが目的ですからね。ここで終わるとは思っていませんので、次の挑戦ではゴールやアシストをぜひ決めてほしいです。

古屋:永里選手は女性ピアニストの憧れでもあると思います。

永里:えっ!?

古屋:男性ピアニストのような大きな音が出ないなあ、と悩んでいる女性ピアニストも多いなかで、こうやって永里選手が活躍されている姿を見ると、すごく勇気づけられると思うんです。必ずしも女子サッカー選手だけの希望ではないと、ご自身で感じていただけましたら。

永里:ありがとうございます。

中西:ということで、今回は古屋晋一さんと永里優季選手にお越しいただいて、『哲GAKU』特別バージョンでお送りしました。今日はありがとうございました。

古屋・永里:ありがとうございました。

中西:来月また、1月14日にお会いしましょう。皆さん、良いお年をお迎えください。

テキスト:戸塚啓(スポーツライター)

Profile

中西哲生 Tetsuo Nakanishi

スポーツジャーナリスト/パーソナルコーチ。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレイ。現在は日本サッカー協会参与、川崎フロンターレクラブ特命大使、出雲観光大使などを務める。TBS『サンデーモーニング』、テレビ朝日『Get Sports』のコメンテーター。TOKYO FM『TOKYO TEPPAN FRIDAY』ラジオパーソナリティ。サッカー選手のパーソナルコーチとしては、当時インテルに所属していた長友佑都を担当することから始まり、現在は永里優季、久保建英、中井卓大、斉藤光毅などを指導している。

古屋晋一 Shinichi Furuya⁠⁠

演奏科学者/Sony CSLリサーチャー。3歳からピアノを始め、KOBE国際音楽コンクール入賞などを果たす。大阪大学基礎工学部を経て、医学系研究科にて博士(医学)を取得。ピアノ演奏やその熟達を脳神経科学や身体運動学の観点から研究し、「ダイナフォーミックス」という新しい領域を確立した。

永里優季 Yuki Nagasato⁠⁠

プロサッカー選手/はやぶさイレブン。2004年に日本女子代表に初選出、2010年からは拠点を海外に移して活動しつつ、なでしこジャパン(サッカー女子日本代表)の中心選手として活躍。2011年 FIFA女子ワールドカップ 優勝、2012年 ロンドンオリンピック 準優勝、2015年 FIFA女子ワールドカップ 準優勝に大きく貢献した。2020年9月、男子のはやぶさイレブン(神奈川県リーグ2部)に期限付きで移籍し、女子選手として初めて男子チームで公式戦出場を果たすなど、既存の枠に捉われない新しい挑戦に取り組んでいる。

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