Park College #08

哲GAKU 第1回「中西メソッド×ミュージシャンを科学する」(後編)

Park Collegeでは、新たな連続講座「中西哲生の哲GAKU」をオンラインでスタートしました。(毎月14日開催。全12回予定、無料。)

第1回目は「中西メソッド×ミュージシャンを科学する」をテーマに、「ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム」などの著書を持つ、演奏科学者でSony CSLリサーチャーの古屋晋一をゲストに迎えて、2020年9月14日(月)に実施されました。

前編 に続き後編も、さまざまな分野の知見をスポーツ技術に応用しコーチする中西哲生の視点から、ぜひ自身の学びや気づきに繋げ、楽しんでいただければと思います。

「技術と思考はセット」

トーク中の中西哲生

中西哲生(以下、中西): 前回に続いて再現性からお話をすると、サッカーの試合は相手がいて、観客がいる。練習とは違う状況があります。それから、失敗できないという感情がある。失敗したら自分の評価が下がる、次の試合に出られなくなるかもしれない、それ以前に今日の試合で途中交代させられるかもしれない。再現性を阻害する要因が多いので、「練習のときと同じ気持ちでやる」のは不可能です。練習から試合と同じ気持ちでやればいいとも言われますが、それも無理なのです。

古屋晋一(以下、古屋): 「失敗したら交代させられる」という体験をしてきた選手は、本番のパフォーマンスがどんどん悪くなるのでしょうね。幼少期から「ミスをしても大丈夫だよ」と語りかけて、「そうなんだ」という感情を染み込ませるというか、そういう体験を積み重ねていくべきかもしれません。本番での再現性は育てる側の問題でもあるのかな、と思いました。

中西: サッカーは対戦相手と戦うので、相手が自分の予測の外側にある動きをしてきたときに、何ができるかが大事になってきます。そこで必要なのは、いままさにやろうとしているプレーをキャンセルできるか。プレーキャンセルは思考キャンセルでもあり、頭のなかにキャンセルのモードがないとできない。技術と思考はセットなので、「シュートを打つならシュートキャンセルの思考を持ってください」と、選手には要求しています。

古屋: ピアノにおいての本番の難しさは、いつも練習しているピアノで弾けないことですね。サッカーでもボールが違うとか、芝生の長さが違うとかいったことあるかもしれませんが、ピアニストはその環境に適応するか、利用するか、あるいは諦めるか、ということを最初に選ばなければならない。どのピアノでも自分のパフォーマンスを出せるようにするのが大事で、このピアノはどうしても響く音が出ないのなら、それに固執するのはダメですね。

中西: なんで出ないのだろう、となってはいけない?

古屋: 練習のようにと思っても、練習とはピアノが違う。そのときに「このピアノはこうだから、このパフォーマンスをしよう」という諦める選択肢を取れるか。練習どおりのパフォーマンスというよりも、その場、その場で100パーセントのパフォーマンスができるかどうか、というのは準備次第かなと思います。それはシュートキャンセルに近いかもしれません。

中西: いい準備をしていれば、キャンセルできる姿勢のままシュートのフォームに入れます。練習では僕が「キャンセル!」と言ったら打たない、というメニューも用意します。テイクバックをした瞬間に言ったりもします。

古屋: その段階でもキャンセルはできるのですね?

中西: キャンセルのモードが頭にあれば。選手たちには「脳のなかにふたつの選択肢を持って、必ず難しいほうをデフォルトにしてください」と説明しています。難しいほうをキャンセルのファーストチョイスにしておかないと、瞬時の行動に移せませんので。

古屋: しかもデフォルトがあると、迷わないわけですよね。

中西: 難しいほうがデフォルトになっていると、力みようがありません。むしろ、いいボールを蹴ることができたりします。そうすると、選手は「力まなくてもいいんだ」と気づく。「キャンセルできるように力まずにいこう」という思考になる効果もあります。

古屋: キャンセルが最優先になるのはいいことだとなれば、選手はどんどん積極的になりますね。

中西: どんどんどんどんキャンセルをしながら、つまり判断を変えながらプレーできる選手になり、相手の逆を取ったり、相手にとってやりにくい選手になります。

「表現のレパートリーを増やす」ために

トーク中の古屋晋一

古屋: まさに本番のための練習をしているのですね。

中西: それです。古屋さんが考える本番のための練習とは?

古屋: 鍵盤が滑るのが怖い人には、鍵盤に滑りやすいものを塗って練習しましょうと言います。滑ることに慣れるためではなく、滑ったときに最大のパフォーマンスを発揮する弾き方を、あらかじめ練習しておく。

中西: 教えるにあたって、気をつけていることは?

古屋: たとえば、「音が固い」のは現象なのか、原因なのかを、まず見極めます。ピアノでは手首が固い、手首に力が入っていると言われるのですが、肩が使えていないから手首が固いのか、それとも親指に理由があるのか、といったように分析していきます。

中西: 前編で紹介したテニスボールを持たせる練習で、選手には小指を意識させます。感情線は小指の下から手のひらへ向かって横断していて、そこから小指を折り曲げることで脇が閉まる。それによって、腕と上半身が連動した感覚になります。感情線から曲げることの気づきは、テニスの錦織圭選手のフォームを見たのがきっかけでした。右手で打つ際に左手を開いて、感情線から小指が曲がっている。これは試してみる価値があるとやってみたら、脇が閉まる感覚を得られて。しかも、身体の近くから少しずつ腕を拡げても、脇が閉まって上半身がつながったまま動いていける感覚がありました。

古屋: 脇は閉まっていないけれどしなやかな緊張感がある、という状態ですよね。

中西: それです、緊張感があります。ただ、凝り固まってはいません。

古屋: 私自身はピアニストにはもっと伸びしろがあると、いつも感じています。

中西: というのは?

古屋: 身体の使い方を変えてあげられれば、もっとパフォーマンスが上がると考えています。癖があるという現象ではなく、なぜそうなるのかという原因を改善することで、現象をより良いものへ変えていく。そして、その違いを本人が理解することが大事です。自分にはどういう癖があり、その癖を治すと音がどう変わる、ということを自分の耳で聞けるかどうか。僕にはどの音がいいのかは分かりませんので、ピアニストが選択をできるようにしてあげるところまでが、自分の仕事だと考えています。

中西: 僕も同じです。選択肢を増やすことが仕事です。

古屋: 僕は表現のレパートリーと呼んでいます。

中西: 良い言葉ですね。「表現のレパートリーを増やそう」と言われたら、ピアニストの方はモチベーションが上がりますよね。

「見えている」と「見る」は違う

中西: 僕自身が教えているところで大切にしているのは目です。ピアニストの方も気をつけていますか?

古屋: 利き目のことですね。

中西: たとえば、僕と同じで利き目が左のピアニストは、右目の右側は見えにくい。鍵盤を叩くのは難しいものでしょうか?

古屋: 動きが小さくなります。身体が固まってしまうので。

中西: うまく見えていないというのはイコール、身体がうまく動かないことにもつながるのでしょうか?

古屋: 自分なりに仮説がありまして、たぶん見る準備が遅れているからではないでしょうか。

中西: それだ!

古屋: 僕は演奏しているピアニストの眼球を見ています。

中西: 僕も選手の眼球を見ます。極論すると眼球から動いていく感覚のほうが、身体の動きはスムーズなイメージがあります。

古屋: 良く分かります。目が身体をリードしてくれている、ということですね。僕は「眼が遅れている」という表現を良く使いますが、それはゴールが決まらないまま身体を動かしているような状態です。

中西: レアル・マドリードの下部組織にいる中井卓大選手は、目が遅れなくなって守備が抜群に良くなりました。「眼球だけを動かしてインターセプトができるようになった」と、つい数日前にスペインから電話がかかってきまして。しかもそれを利き目ではない目でできたと。いい準備ができていることになります。

古屋: しかもそれが自動化されたら最高ですね。

中西: だんだん自動化できるようになってきた、と話しています。

古屋: 「見えている」と「見る」の違いが分かっているのでしょうね。僕はピアニストに「いま、それ見えている?」と聞きます。「見ているのではなく、見えているだけじゃないの?」と。そうすると、「あ、確かに」という反応もあります。

中西: 目を鍛えると驚くべき進化がありませんか?

古屋: ありますね、眼だけで変わります。全身の緊張感も変わります。力みが無くなって、パフォーマンスにつながります。

中西: 最後に、今後の活動についてはお聞かせください。

古屋: ジュニアの育成に力を入れていきたい、と考えています。こんな練習したらうまくなるよ、じゃあそれをやってみよう、といったような、スポーツなら当たり前の循環を音楽家のためにやっていきたい。興味がある方は研究所にコンタクトを取っていただければ、喜んでご協力します。

中西: YouTubeで『哲GAKU』をご覧いただきました皆さん、今日はありがとうございました。来月も14日にお会いしましょう。古屋さん、ありがとうございました。

古屋: ありがとうございました。

テキスト:戸塚啓(スポーツライター)

Profile

中西哲生 Tetsuo Nakanishi

スポーツジャーナリスト/パーソナルコーチ。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレイ。現在は日本サッカー協会参与、川崎フロンターレクラブ特命大使、出雲観光大使などを務める。TBS『サンデーモーニング』、テレビ朝日『Get Sports』のコメンテーター。TOKYO FM『TOKYO TEPPAN FRIDAY』ラジオパーソナリティ。サッカー選手のパーソナルコーチとしては、当時インテルに所属していた長友佑都を担当することから始まり、現在は永里優季、久保建英、中井卓大、斉藤光毅などを指導している。

古屋晋一 Shinichi Furuya

演奏科学者/Sony CSLリサーチャー。3歳からピアノを始め、KOBE国際音楽コンクール入賞などを果たす。大阪大学基礎工学部を経て、医学系研究科にて博士(医学)を取得。ピアノ演奏やその熟達を脳神経科学や身体運動学の観点から研究し、「ダイナフォーミックス」という新しい領域を確立した。

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